コンプライアンスって何だろう

今回はコンプライアンスについて、改めて初期の所から考える部分を
皆で考えていけたらなと思います。最後に自分なりの答えが出せればと思います。

目次① コンプライアンスって何
目次② 性善説、性悪説

目次① コンプライアンスって何

先日コンプライアンスに関して、話す機会があったので
改めて考えてみました

そもそもコンプライアンスとは

俗に言う法令遵守の事です。
なんとなく、ルールを守ろうくらいの感覚でも外れではないかと個人的には考えています。

極論、信号を守りましょうみたいな感じかなと。

会社に入ると最初は当たり前のように研修でコンプライアンスに関して学ぶ事が多く、カタカナで言っているだけで、実を言うと大して難しいというか普通の事を普通にやってしまえば良いだけなんだろうけど、それが難しい

色んなプレッシャーの中で各自がルール違反を行ってしまい、それが問題になってしまい
大きく大きくになっていくのかなと思います。

分かりやすい例だと、約束の時間に間に合わないから法廷超過で自動車を飛ばしていたら
スピード違反で捕まったとかもまさにそんな感じかなと

プレッシャー:約束の時間に間に合わない
ルール:法定速度を守る

プレッシャー > ルール

上記図式になるとルール違反、コンプライアンス違反になってしまうのかなと

そこで自分は、そもそも論「コンプライアンスって教えなくても誰もが知っていないか??」
と考えて、性善説、性悪説について調べてみました。

目次② 性善説、性悪説
性善説とは wikipedia引用
性善説(せいぜんせつ)とは、人間の本性は基本的に善であるとする倫理学・道徳学説、特に儒教主流派の中心概念。
人の本性に関する考察は古今東西行われてきたが、「性善説」ということばは儒家のひとり孟子に由来する
性悪説とは wikipedia引用
性悪説(せいあくせつ)とは、紀元前3世紀ごろの中国の思想家荀子が、孟子の性善説に反対して唱えた人間の本性に対する主張。
「人の性は悪なり、その善なるものは偽(ぎ)なり」(『荀子』性悪篇より)から来ている。ここで言う悪とは、「(人間は様々な意味で)弱い存在」という程度の意味であり、
「悪=罪(犯罪あるいは悪事)」という意味では無い(「弱い存在」である人間が、犯罪や悪事に手を染めずに一生を終える、という事もありうる)。
また、偽とは、「人の為す行い」という程度の意味であり、
「偽=嘘あるいは偽物」という意味ではない(後述のように、後天的な努力や習得によって初めて獲得する性格のものと捉えている)。

調べてみたら性悪説=元々悪なので、教育をして良い方向に導く!と勝手に思っていました。

悪の意味合いが違っていたので、少しずれてしまいましたが、元々性善説の考え方を自分は思っているので、当たり前のようにコンプライアンス順守、ルール守りましょうという文化で生きてきました。

それだと本当は良くないというか、人って本当は弱くて、正しい方に導いていってあげないとダメなんだというのが、最近の社会状況でもわかってきました。

今の状況、外出は控えましょうとなっていますが実際には多くの
方が出ていると思いますし、実際に目に見えて2020年4月の
緊急事態宣言と比較すると多くの方が出ているかと思います。

じゃあどうやって外出を控えるようにさせる、ルールを守らせるのか
冒頭に記載した北風と太陽の話のあらすじを wikipedia参照
ある時、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。
これで、勝負は太陽の勝ちとなった。

この話を参考にすると

出るな!出るな!罰則作るぞ!となったら逆に出るのかな??
それとも個人任せで温かく見守ってあげた方が良いのかな?

結論、答え分かりません。。。

専門的な事今回の事例で誰にも正解がある訳じゃなくて自由に動き回って
乾燥とかあって、

これだけの状況になっているので、最低限罰則必要かもしれませんね。

きちんとルールを守る人が当たり前だけど損をするのは本当に嫌な訳で、

その上で時間とか色々制限がある中できちんと結果を色んな意味で出す人って凄いなと思います。

謙虚で思いやりある1日を過ごしましょう




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